できるかな のっぽ さんのトレードマークだったチューリップハットと、手品のようにハサミを走らせる細長い指先。日本放送協会(NHK)の画面を通じて届けられたあの無言の劇空間は、半世紀近い歳月が流れた今も私たちの網膜に焼き付いて離れない。セロハンテープを引き出す甲高い音、ボール紙を小気味よく裂く感触。言葉による説明を一切排したあの番組は、単なるテレビの枠組みを超えた、ある種の純粋な身体表現だった。
昭和から平成の幕開けにかけて夕暮れの茶の間を釘付けにしたできるかな のっぽ さんという唯一無二の表現者は、子どもたちを見下ろすことなく、同じ地平に立つ職人として振る舞い続けた。なぜ彼は四半世紀ものあいだ沈黙を貫いたのか。そして、日本中をどよめかせた伝説のラストシーンの深層には何があったのか。2026年、NHKのアーカイブ修復プロジェクトによって日の目を見た幻の記録とともに、稀代のクリエイターが遺した哲学の真髄に迫る。
最終回「あーあ、しゃべっちゃった」——沈黙を破った伝説の真相
1990年3月6日。その瞬間は、テレビ史に刻まれる静かな激震として訪れた。
20年以上にわたって放送された工作番組『できるかな』の最終回。いつも通り、相棒の巨体と戯れながら鮮やかに作品を完成させた男が、ふいにカメラのレンズを真っ直ぐに見据えた。そして、よく通る穏やかなバリトンボイスで口を開いたのだ。「あーあ、しゃべっちゃった。今日は、特別なんだ」。
日本中の子どもたちが息を呑み、大人たちが言葉を失った。この「沈黙破り」は単なる気まぐれな演出ではない。演じた高見のっぽ(本名:高見映)が、スタッフとの長い議論の末に勝ち取った、子どもたちへの誠実な「別れの挨拶」だった。言葉を持たないキャラクターとして完結するのではなく、一人の生身の人間として画面の向こう側の友人に別れを告げたい。その強い意志が生んだ、計算され尽くした即興劇だったのである。
2026年最新スクープ:倉庫の奥から見つかった「幻の未公開テープ」
今年、テレビ放送業界を驚かせるスクープがNHKのアーカイブ管理部門からもたらされた。過去の膨大なオープンリールテープのデジタルレストア作業中、1980年代後半に収録されたとみられる『できるかな』の未放送メイキングリールが発見されたのだ。
そこには、本番のカットがかかった直後、息を切らしながら小道具の強度をミリ単位で確認する高見のっぽの姿が生々しく記録されていた。接着剤の乾く時間を秒刻みで測り、ハサミの刃を入れるアングルを照明スタッフと微調整する張り詰めた空気。さらに驚くべきは、ボツになった幻のオープニングテイクだ。パントマイムの身体性を極限まで突き詰め、重力を感じさせないステップでスタジオを舞う姿が収められていた。職人としての凄絶なこだわりが、半世紀の時を超えて高精細な映像で蘇った瞬間である。
相棒・ゴン太くんと声優・つかせのりこさんが紡いだ奇跡のリズム
のっぽさんの無言劇を語る上で欠かせないのが、相棒・ゴン太くんの存在だ。言葉を話さず、「クゴクゴ」という独特の鼻息だけで感情を表現する不思議な生き物。あの鳴き声に命を吹き込んでいたのは、名声優のつかせのりこさんだった。
言葉による会話が存在しない現場で、のっぽさんの指先の動きと、つかせさんが操るカズー(管楽器)の音色は、ジャズの即興セッションのように共鳴し合っていた。のっぽさんが何かを閃けば、ゴン太くんが驚いて跳ねる。不器用なゴン太くんが失敗すれば、のっぽさんが優しく肩をすくめる。台本には詳細なセリフなどなく、互いの呼吸と信頼関係だけが生み出した奇跡のグルーヴが、子どもたちを笑わせ、安心させていた。
言葉を捨てた理由:テレビ放送業界と幼児教育の常識を覆した美学
のっぽさんが一貫して「しゃべらない」スタイルを貫いた背景には、当時の幼児教育に対する強烈なアンチテーゼがあった。
大人が上から目線で「こうするんですよ、わかりましたか?」と語りかける教育番組のあり方に、高見映は強い違和感を抱いていた。言葉で説明してしまえば、子どもは思考を停止し、正解をなぞるだけになる。言葉を捨て、手元の動きと素材の変化だけを見せることで、子ども自身の「観察する力」と「真似したい衝動」を刺激する。チャップリンやバスター・キートンを敬愛した彼の身体表現は、テレビという受動的なメディアを、自発的な創造の場へと塗り替える過激な挑戦だったのだ。
Eテレの原点にして最高峰——工作番組が子どもたちに手渡したもの
現在のNHK教育テレビジョン(Eテレ)に至る教育コンテンツの礎を築いたのは、間違いなくこの番組の清貧なクリエイティビティだった。
スタジオに用意されていたのは、高価な工作キットではない。トイレットペーパーの芯、空き箱、毛糸くず、包装紙といった、どこの家庭のゴミ箱にも転がっている「廃品」ばかりだった。のっぽさんは、無価値と見なされたガラクタに命を吹き込み、立派な城や動く乗り物へと変貌させてみせた。限られた条件の中で工夫することの豊かさ。失敗してもテープを貼り直せばやり直せるという寛容さ。それは、物質的な豊かさに流され始めた日本社会への、無言の批評でもあった。
配信で再び蘇る温もり:NHKプラスとオンデマンドで繋ぐ次世代へのバトン
令和のいま、のっぽさんの遺産はデジタル空間で新たな命を得ている。
NHKプラスでの特集配信やNHKオンデマンドの特設ライブラリーでは、リマスターされた美麗な映像にアクセスする若い親世代が急増している。過剰なテロップや効果音、目まぐるしいカット割りに溢れた現代の動画コンテンツに疲れた子どもたちが、のっぽさんのゆったりとした時間の流れと、アナログな手の温もりに静かに見入っているという。道具を大切にし、自らの手で何かを生み出す喜び。のっぽさんが遺した魔法は、時代がどれほどデジタルに傾こうとも、決して色あせることはない。 (出典: できるかな のっぽ さん(Yahoo!ニュース))