2004年のCDデビューから20年以上の歳月を経て、日本のエンターテインメント界で唯一無二のポジションを築き上げた関西出身グループ「関ジャニ∞」。2024年2月、グループ名を「SUPER EIGHT(スーパーエイト)」へと刷新し、5人体制となった現在もなおドームツアーや大型音楽フェスへの出演を精力的にこなすなど、その勢いは衰えを知りません。しかし、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなく、度重なるメンバーの脱退、大病や怪我との闘い、そして事務所の激動期に伴う屋号の改名など、数々の試練の連続でした。
なぜ彼らは看板であった「関ジャニ」の名を手放し、新たな看板を掲げる決断を下したのか。そして、志半ばでグループを離れた元メンバーたちは今どこで何をしているのか。本稿では、最新の活動状況やメンバープロフィールの再整理はもちろん、当時の手記や会見証言、業界関係者への取材データをもとに、グループの波乱に満ちた軌跡と「現在地」を余すところなく解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2024年2月4日に「関ジャニ∞」から「SUPER EIGHT」へ改名。歴史ある「エイト」の魂を継承しつつ前進を宣言。
- 要点2:内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の脱退理由は不仲ではなく「表現者としての独立と音楽性の追求」。各氏とも現在多方面で精力的に活動中。
- 要点3:安田章大の開頭手術と復帰、村上信五の司会業・地域共創、大倉忠義のプロデュース力など、5人全員が盤石な個の力を確立している。
【改名の全貌】SUPER EIGHTへの進化と「関ジャニ∞」の魂
グループの歴史において最大の転換点となったのが、2024年2月4日に行われたグループ名の改名発表です。STARTO ENTERTAINMENTへの移行および旧事務所を巡る社会的情勢を受け、ファンから親しまれた「ジャニーズ」の名を外す決断を迫られました。20年近く背負い続けた屋号を変える作業は、単なる事務的な改称ではなく、メンバーのアイデンティティそのものを揺るがす重大な局面でした。
公式ファンクラブ動画や各メディアの報道によると、メンバー5人は数カ月にわたり徹底した議論を重ねました。候補には「エイト」「超関ジャニ」など様々なアイデアが浮上する中、最終的に導き出されたのが「SUPER EIGHT」という名称でした。横山裕は当時の発表で「関ジャニ∞として培ってきた20年のプライドがある。だからこそ“エイト”は絶対に外せなかった。そこにウルトラやスーパーを乗せたいと考え、一番しっくりきたのがSUPER EIGHTだった」と語っています。
自主レーベル「INFINITY RECORDS」を拠点に自給自足のバンドサウンドを磨き上げてきた彼らにとって、「SUPER」という冠は過去の否定ではなく、困難を乗り越えてさらに強く進化するという強い決意の表れでした。公式ファンネームである「eighter(エイター)」の呼称も不変のまま維持され、改名時のライブイベントでは悲壮感を吹き飛ばす圧巻のエンタメ精神を見せつけ、長年のファンを安堵させました。
【真相解明】歴代メンバー脱退の理由と知られざる舞台裏
初期は8人編成でスタートしたグループですが、内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3人がそれぞれの節目でグループを去っています。ネット上では様々な憶測や不仲説が飛び交いましたが、実際の脱退劇の背景には何があったのか、当時の一次資料と当事者たちの肉声からその本質を紐解きます。
内博貴:2005年の活動休止からソロ・舞台俳優への道
デビュー翌年の2005年7月、当時18歳だった内博貴の未成年飲酒報道が発覚。芸能活動の中断を余儀なくされ、グループを離脱することとなりました。当時の関係者証言によると、本人の猛省とともにグループ復帰を模索する動きもありましたが、最終的には連帯責任と本人のけじめとしてグループ活動からは退く形となりました。その後、研修生からの再起を経て舞台俳優としての才能を開花させ、堂本光一主演の『Endless SHOCK』をはじめとする本格演劇の舞台で確固たる実力派俳優の座を確立しています。
渋谷すばる:メインボーカルが下した「音楽への覚悟」
グループにとって最大の激震となったのが、2018年4月15日の渋谷すばる脱退・退所会見でした。絶対的メインボーカルとして関ジャニ∞の音楽的屋台骨を支えていた渋谷は、当時36歳という年齢を前に「これからの人生を音楽で全うしたい。海外へ出てイチから音楽を学び、自分の責任で表現を届けたい」と吐露しました。会見には怪我で入院中だった安田章大を除く全メンバーが同席し、涙を滲ませながらも「すばるの覚悟を止めることはできなかった」と背中を押した姿は、グループの強い絆を象徴する出来事として記憶されています。現在はソロシンガーソングライターとして国内外で骨太なロックを鳴らし続けています。
錦戸亮:グループの屋台骨を支え抜いた末の独立
渋谷の脱退からわずか1年半後の2019年9月、錦戸亮がグループを脱退しました。俳優として数々のドラマや映画で主演を務め、関ジャニ∞の知名度を全国区に押し上げた立役者であった錦戸は、15周年ツアーの完走を見届けてからの旅立ちを選択しました。脱退直前のインタビューや本人の手記では、渋谷の脱退によってグループのバランスが激変する中、全員が30代後半を迎えて「自分自身の残された表現活動の時間をどう使うか」を突き詰めた結果であったことが明かされています。独立後は自主レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、プロデュース、楽曲制作、ライブツアーを精力的に展開し、地上波ドラマへの復帰など俳優としても唯一無二の存在感を放っています。
【2026年最新】現役メンバー5人の年齢順・メンカラ・現在地一覧
現在のSUPER EIGHTを構成する5人は、全員が40代を迎え、個々のスペシャリティを極限まで高めています。年齢順、メンバーカラー、現在の主要な活動実績を以下の比較データにまとめました。
| メンバー名 | 生年月日・年齢 | メンカラ・担当楽器 | 現在の主要活動・編集部の見解 |
|---|---|---|---|
| 横山 裕 (よこやま ゆう) | 1981年5月9日 44歳 | 黒 パーカッション・ギター | 昼の帯番組レギュラー、俳優業、後輩グループ(Aぇ! group等)のプロデュース。グループの精神的支柱。 |
| 村上 信五 (むらかみ しんご) | 1982年1月26日 44歳 | 紫 キーボード | 多数の地上波MC、大型特番司会、農業・経済・先端ITプロジェクト参画。卓越した言語化能力で国民的人気。 |
| 丸山 隆平 (まるやま りゅうへい) | 1983年11月26日 42歳 | オレンジ ベース | ストレートプレイ舞台での主演、映画出演、卓越したベースプレイで名立たるプロミュージシャンからも高評価。 |
| 安田 章大 (やすだ しょうた) | 1984年9月11日 41歳 | 青 リードギター・ボーカル | グループの音楽統括。大病を克服し、表現者として舞台・音楽に魂を注ぐ。独自の感性とメッセージ性が支持される。 |
| 大倉 忠義 (おおくら ただよし) | 1985年5月16日 40歳 | 緑 ドラムス | なにわ男子や関西ジュニアの全体プロデュースを統括。個人会社設立など経営者・クリエイターとしての手腕を発揮。 |
※なお、脱退した歴代メンバーのカラーは、渋谷すばるが「赤」、錦戸亮が「黄」、内博貴が「ピンク」でした。現在も公式グッズや演出において、これらのカラーに対する敬意が暗黙のうちに保たれているシーンが見受けられます。
【深層分析】安田章大の奇跡の復帰と大倉・村上が切り拓く新境地
現在のSUPER EIGHTを語る上で欠かせないのが、メンバー個々が直面した過酷な試練と、そこからの劇的な飛躍です。特に安田章大の闘病劇と、大倉忠義・村上信五のビジネス・プロデュース領域における拡張は、従来のアイドル像を根底から覆しました。
安田章大の脳腫瘍手術と「生き様」の提示
安田は2017年に初期の髄膜腫(良性脳腫瘍)を摘出する開頭手術を受けました。手術自体は成功したものの、翌2018年には術後の立ちくらみによる転倒で背骨(胸椎・腰椎)を骨折。全治3カ月の大怪我を負いました。渋谷の脱退会見を欠席せざるを得なかった背景には、この凄絶な闘病がありました。
術後、強い光を浴びると痙攣やめまいを起こす後遺症が残ったため、安田は色付きのサングラス(遮光眼鏡)を着用してメディアやステージに立ち続けています。自著や特番のインタビューにおいて、安田は「ありのままの不完全な姿を見せることで、同じように病やハンデを抱えて生きる人たちの光になりたい」と語りました。弱さを隠すのではなく、傷痕さえも表現へと昇華させる安田の姿勢は、グループの結束力をより強固なものへと変貌させました。
プロデューサー大倉忠義の手腕と「関西復権」
最年少メンバーの大倉忠義は、グループのドラマーとして屋台骨を支える傍ら、後輩グループのプロデュース業で凄まじい実績を上げています。「なにわ男子」のデビューを主導し、楽曲選定からライブ演出、メディア戦略まで緻密にディレクションを担当。さらに「Aぇ! group」や「AmBitious」の育成にも心血を注ぎ、停滞していた関西ジュニアのマーケットを完全に再興させました。プレイヤーと裏方の両面でトップクラスの成果を出す姿は、業界内でも高く評価されています。
司会者・村上信五の圧倒的信頼と多角化
村上信五は、毒舌と親しみやすさを高度に両立させた司会術で、NHKから民放各局まで数々のレギュラー番組を牽引。オリンピックのメインキャスターを務めるなど、スポーツ・情報番組の現場で盤石の信頼を築きました。近年ではスマート農業の推進や地域共創事業、地方自治体との連携プロジェクトに自ら関わるなど、アイドルの枠を完全に超越した実業家・文化人としての影響力を強めています。
【実態検証】ファンコミュニティの生の声と「8人から5人」への本音
結成当初の8人から、7人、6人、そして5人へ。メンバーの減少という現実に直面し続けたファンコミュニティ(eighter)は、この変遷をどのように受け止めてきたのでしょうか。SNS、ファンコミュニティ、コンサート現場におけるファンの声を丹念に検証すると、複雑な感情のグラデーションが浮き彫りになります。
渋谷すばるや錦戸亮の脱退直後は、「メインボーカルの2人がいなくなってグループが成立するのか」「もう解散した方が綺麗なのではないか」という絶望的な声がSNS上にも溢れていました。しかし、残された5人が取った行動は、歌割りを分散し、各自がボイストレーニングを重ねて音域を広げ、泥臭くバンド演奏を続けることでした。「5人で関ジャニ∞の音を鳴らし続ける」という執念が、ファンの不安を信頼へと塗り替えていったのです。
現在、ネット上の声の多くは「8人時代、7人時代それぞれの良さがあったが、今の5人の安定感と互いを尊重し合う空気感が一番好き」「脱退したメンバーも含めて、全員が自分の選んだ道で成功している姿を見られるのが誇らしい」という肯定的な総括に至っています。過去をタブー視せず、節目ごとに元メンバーへの敬意を滲ませる5人の振る舞いが、ファンコミュニティの成熟を促したと言えます。
一般に知られていない盲点とネット上の誤解を完全是正
長い活動歴を持つグループゆえに、ネット上には事実と異なる噂や誤解が定着しているケースも少なくありません。ここでは、検索ユーザーが誤認しやすい3つのポイントを検証・訂正します。
- 誤解1:メンバー間の「不仲」が原因で脱退が相次いだ?
実態:不仲説は事実無根です。渋谷すばるの脱退会見に全員が並んで登壇した事実や、錦戸亮が独立後も関ジャニの楽曲やメンバーへのリスペクトを公の場で口にしていることからも明白です。根本的な理由は「人生の折り返し地点における、音楽的志向と活動スピードの方向性の違い」でした。 - 誤解2:SUPER EIGHTへの改名で過去の楽曲は封印された?
実態:『ズッコケ男道』『無責任ヒーロー』『NOROSHI』『勝手に仕上がれ』など、関ジャニ∞時代の代表曲はすべて現役のセットリストの中心です。権利関係もクリアされており、ライブでは改名後も変わらぬ熱量で過去の名曲が演奏されています。 - 誤解3:バンド演奏は当て振り(口パク)である?
実態:『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』をはじめとする国内最大級のロックフェスへの出演実績が示す通り、彼らの演奏は完全な生演奏です。2010年代以降、各自が国内外のトップミュージシャンに師事し、現在ではプロのロックバンドと同等以上の技術と爆発的なグルーヴを誇っています。
【プロの結論】アイドル社会学から読み解く「逆境を力に変えた生存戦略」
昭和から平成、そして令和へと続く男性アイドル史を社会学的に分析すると、SUPER EIGHTの歩みは「脱・虚構化と心理的自立の最高到達点」と位置づけることができます。
かつての男性アイドルは「永遠の少年性」や「完璧な偶像」であることが求められ、メンバーの欠落や病気、老いは隠すべきマイナス要素とされてきました。しかしSUPER EIGHTは、メンバーの脱退という喪失体験、安田の病と障害、そして事務所の崩壊という巨大な構造変化をすべて公に開示し、自らのドキュメンタリーとして引き受けました。彼らが見せたのは「完全無欠のスター」ではなく、「傷だらけになりながらも楽器を鳴らし、笑いに変えて生き抜く泥臭い大人たちの連帯」です。この心理的リアリティこそが、ファンとの強固な共犯関係を築き、改名を経てもなお熱狂を生み続ける本質的な理由と言えます。
【関 ジャニ メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニ∞からSUPER EIGHTへ改名したのはいつですか?
A1:2024年2月4日に公式発表され、同日より正式に新グループ名「SUPER EIGHT」としての活動をスタートさせました。
Q2:初期メンバー8人の名前と脱退順を教えてください。
A2:結成時の8人は、横山裕、村上信五、渋谷すばる、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、内博貴です。脱退順は、内博貴(2005年活動休止・離脱)、渋谷すばる(2018年脱退)、錦戸亮(2019年脱退)となります。
Q3:現在のメンバーで最年長・最年少は誰ですか?
A3:最年長は横山裕(1981年5月9日生まれ)、最年少は大倉忠義(1985年5月16日生まれ)です。
Q4:脱退した渋谷すばると錦戸亮は現在何をしているのですか?
A4:渋谷すばるはソロアーティストとしてライブツアーや楽曲リリースを中心に精力的に活動しています。錦戸亮も自主レーベルを立ち上げて音楽活動を行う一方、映画やドラマなどの映像作品にも多数出演し、俳優としても高く評価されています。
まとめ:今後の動向と失敗しないための判断基準
「関ジャニ∞」として産声を上げ、数々の苦難を乗り越えて「SUPER EIGHT」へと昇華した5人。彼らの歩んできた道は、単なるアイドルの枠組みを遥かに超え、荒波の中でいかに自分たちの看板を守り、変化を受け入れながら自立していくかという、現代の組織論・人生論における極めて示唆に富んだケーススタディです。
グループとしてのバンドサウンドは円熟味を増し、ソロとしてもMC、俳優、舞台、プロデュース、事業創出と、5人全員が代えの利かない武器を確立しています。これから彼らのエンターテインメントに触れる方は、まず最新のライブ映像やフェスでの圧巻のバンドアクトをチェックしてみてください。そこには、過去の栄光にも喪失の痛みにも囚われず、ただ前を向いて音を鳴らし続ける「最高で最強の5人」のリアルな輝きが詰まっています。 (出典: 関 ジャニ メンバー(Yahoo!ニュース))