はまや ねん 現在、あの真っ赤なスーツと漆黒のサングラスを脱ぎ捨て、厨房のエプロンを身にまとってハンドルを握る日々を送っている。2014年後半から2015年にかけて日本中を席巻した社会現象「ラッスンゴレライ」の爆心地にいた男は、いまやイベント会場や商業施設の駐車場に設営されたフードトラックの窓口で、湯気を上げる鉄板に向き合っている。世間の熱狂と冷酷なネットバッシングの双方を経験したかつての若手芸人は、三十代半ばを迎え、まったく別のフィールドで確かな足場を築いていた。
テレビのリモコンをいくら操作しても、ゴールデンタイムのバラエティ番組で彼の姿を見かける機会はほとんどない。だが、はまや ねん 現在の姿を求めて全国各地の出店先を訪ねると、そこには週末ごとに長い列を捌き、客の一人ひとりに深々と頭を下げる商売人の姿がある。一発屋という残酷なレッテルを貼られながら、彼はいかにしてどん底から這い上がり、自らのビジネスを軌道に乗せたのか。激動の軌跡を追った。
爆発的ブームの光と影――「ラッスンゴレライ」熱狂の裏で起きていたこと
時計の針を十余年巻き戻してみる。NSC(吉本総合芸能学院)大阪校を卒業してわずか結成1年足らず。8.6秒バズーカーのブレイクスピードは、吉本興業の歴史においても異例中の異例だった。両手をリズミカルに叩きながら放たれる「ラッスンゴレライ、説明してね」のフレーズは、小中学生を中心に瞬く間に伝播。『エンタの神様』をはじめとするネタ番組を総なめにし、寝る暇すら奪われたスケジュールは連日テレビカメラに追われていた。
しかし、リズムネタの宿命とも言える消費スピードの速さは容赦がなかった。相方の田中シングルとともに押し寄せた過密日程をこなす一方で、ネット上では根拠のない憶測や誹謗中傷が突如として噴出。急速に熱狂が冷めていくなかで、劇場出番の減少、テレビ出演の激減という冷厳な現実が二人を待ち受けていた。お笑い芸人としてのアイデンティティを保ちながら、先の見えないトンネルをどう歩むか。はまやねんの苦悩は、スポットライトが消えたその瞬間から始まっていた。
キッチンカービジネスへの大転身!驚きの月商と飲食業での手腕
芸能界の荒波に揉まれた彼が活路を見出したのは、ステージの上ではなく「食」の現場だった。自らクラウドファンディングで資金を募り、およそ一千万円とも言われる費用を投じてキッチンカービジネスへと参入。移動販売車両を購入し、ホットサンドやカレーパン、唐揚げなど、テイクアウト需要の高いメニューを自ら開発して全国を奔走し始めたのだ。
タレントの片手間の副業だろう――そんな周囲の冷ややかな視線を、彼は現場での圧倒的な労働量でねじ伏せた。朝早くからの仕込み、長距離の運転、炎天下や極寒のなかでの終日ワンオペ調理。地道な営業活動が実を結び、フェスや大型イベントでの出店では1日数十万円を売り上げ、ピーク時には月商数百万円を超える規模へと成長させた。飲食業という過酷な世界で彼を支えたのは、芸人時代に培ったコミュニケーション能力と、どれほど罵声を浴びても折れない強靭なメンタリティに他ならない。
芸能界をフェードアウトした真相――吉本興業との関係とお笑い芸人としての苦悩
メディア露出が減ったことで「芸能界を完全引退した」と誤解されることも少なくない。だが、真相は異なる。はまやねんは現在も吉本興業に所属しており、芸人の看板を降ろしたわけではない。事務所側も彼のフードビジネスを副業として公認し、むしろ柔軟な新しい芸人の生き方としてバックアップしている側面がある。
テレビから距離を置いた直接的な理由は、トーク力や平場の対応力が求められるひな壇バラエティの構造にフィットしきれなかったこと、そして何より「家族を養うための確実な生活基盤を作る」という現実的な選択だった。一握りの勝者しか生き残れない芸能界の椅子取りゲームに執着し続けるより、目の前の客がダイレクトにお金を払ってくれる商売の確実性に、彼は自身の生きる道を見出したのだ。
妻と子どもを支える一家の大黒柱――ベールに包まれた家族との私生活
プライベートにおける彼の道のりもまた、決して平坦なものではなかった。ブレイク直後の結婚と子どもの誕生、その後に報じられた私生活のトラブルや離婚協議など、かつてはゴシップ週刊誌の格好の標的となった時期もある。世間からの厳しいバッシングに晒され、精神的にも追い詰められた過去を持つ。
現在の彼は再婚を果たし、家庭を支える父親として極めて質素で堅実な生活を送っている。かつて派手に散財した時期の反省を生かし、収益の多くは家族の生活費やキッチンカーの維持・設備投資へと回されているという。休日に子どもと過ごす時間こそが、長距離トラックを走らせる過酷な日々の最大の原動力になっていると親しい知人は語る。虚飾にまみれた芸能界の喧騒から離れたことで、ようやく手に入れた穏やかな日常がそこにはある。
YouTubeやTVerで再評価?相方・田中シングルとの絆とコンビの行方
ピンでの飲食ビジネスが目立つ一方で、相方である田中シングルとの関係性はどうなっているのか。不仲説や解散危機が囁かれた時期もあったが、二人の関係は「つかず離れずの戦友」として今なお機能している。田中シングルは音楽活動や個人のクリエイティブな活動に軸足を置きつつ、コンビとしてのチャンネルや節目ごとのライブで顔を合わせる。
近年ではTVerで過去のネタ番組やバラエティのアーカイブが配信され、YouTube上でも当時のブームを客観的に振り返る企画が回るなど、彼らの残した功績に対する再評価の兆しもある。「あのスピード感は異常だった」「今見てもネタの構成は秀逸」といったポジティブなコメントも増えた。二人は解散という選択肢をあえて取らず、それぞれの場所で独立した大人として立ちながら、8.6秒バズーカーの屋号を守り続けている。
栄光と挫折を超えて――どん底から這い上がった男が見据える未来
一夜にして頂点へ駆け上がり、次の瞬間には奈落の底へ突き落とされる。ジェットコースターのような20代を駆け抜けたはまやねんの表情には、かつてのギラつきとは異なる、地に足の着いた職人のような落ち着きが漂っている。華やかなスポットライトの魔力に囚われたまま人生を見失う元スターが多いなかで、彼は泥臭く鉄板を磨き、自らの腕一本で稼ぎ出すリアリズムを選び取った。
今後の展望として、実店舗の展開やキッチンカーのプロデュース、食を通じた地域活性化イベントの企画など、彼のビジネスプランはさらに広がりを見せている。真っ赤な衣装はクローゼットの奥にしまわれたが、人を惹きつけ、驚かせたいというエンターテイナーの魂は、いまも熱々の鉄板の上で鮮やかに息づいている。 (出典: はまや ねん 現在(Yahoo!ニュース))