大泉 洋 グループという検索窓の先に広がる世界は、日本のエンタメ史でも極めて特異な熱狂を放ち続けている。いまや映画の主演を務め、紅白歌合戦の司会から国民的イベントの顔まで担う大泉洋。だが、彼がどれほど華やかなスポットライトを浴びようとも、その足元には常にひとつの強固な母港が存在する。森崎博之、安田顕、戸次重幸、音尾琢真、そして大泉洋。北海学園大学の演劇研究会に集った5人が結成した演劇ユニット「TEAM NACS」だ。
地方都市・札幌の一握りの学生劇団からスタートし、いまや全国の劇場の座席を数分で蒸発させる怪物ユニットへ。ソロ活動でそれぞれが日本映画界やテレビ界の主役級に登り詰めた現在も、大泉 洋 グループの強烈な求心力は一切衰えを見せない。しかし、その輝かしい歩みの裏側には、華麗な成功物語とは程遠い、剥き出しのエゴの衝突と解散危機の記憶が刻まれている。
北の大地が生んだ異端児たち——たった1回の卒業公演から始まった伝説
時計の針を1996年まで巻き戻す。当時、北海学園大学の演劇研究会に所属していた5人は、卒業に伴う思い出作りとして一度きりの公演を企画した。結成されたチームの名は「TEAM NACS」。初演となった舞台『LETTER〜変わり続けるベクトルの障壁』の客席を埋めたのは、わずか数百人の友人や関係者にすぎなかった。
幕が下りれば、それぞれの道へ散るはずだった。就職、教員試験、留年。だが、一度味わった板の上の熱狂は、彼らの日常を静かに侵食していく。社会に出て現実の壁にぶつかった青年たちは、磁石に引き寄せられるように再び札幌の稽古場へと舞い戻った。プロを目指して立ち上げたわけではない。ただ、この5人で演劇を続けたい——その純粋すぎる衝動こそが、すべての始まりだった。
TEAM NACSの真実と解散の危機——5人が乗り越えた衝突と最新の結束
「解散」の二文字が、ただの脅し文句ではなく現実味を帯びて劇団の空気を凍りつかせた夜がある。2000年代中盤から後半、大泉洋の全国区ブレイクを皮切りに、安田顕ら各メンバーへの東京からのオファーが爆発的に増加した時期だ。東京と北海道を往復する過密日程、個々の知名度のギャップ、そして演出や脚本を巡るプライドの激突。舞台の稽古場は、かつての放課後の部室ではなく、感情が軋む戦場と化していた。
台本の完成をめぐって口を利かなくなる者、多忙のあまり疲弊しきって稽古場で感情を爆発させる者。クリエイティブの衝突は、時に人間関係そのものを破壊しかねない地点までエスカレートした。ある年の本公演前の稽古では、互いの意見が真っ向から対立し、本気でユニットの解体を示唆する怒号が飛び交ったという。
空中分解を食い止めたのは、リーダーである森崎博之の存在だった。森崎は他のメンバーが全国へと羽ばたく中、頑なに拠点を北海道に残し続けた。「お前たちがどれだけ東京で戦って傷ついても、北海道に帰ってくれば俺がいる」。その泥臭くも絶対的な包容力が、尖りすぎた天才たちのトゲを包み込んだ。衝突を恐れず本音をぶつけ合い、痛みを共有したからこそ、彼らは単なる「ビジネスパートナー」を超えた運命共同体へと脱皮したのだ。
成熟を迎えた現在、メンバーの眼差しは極めてフラットだ。「いつ解散してもおかしくないと思いながら、気づけばここにいた」と彼らは笑う。互いに依存せず、しかし決して切れない。その絶妙な距離感こそが、彼らがたどり着いた最新の結束の形である。
『水曜どうでしょう』の狂騒と全国進出を支えた2つの事務所
TEAM NACSの躍進を語る上で、北海道テレビ(HTB)の深夜番組『水曜どうでしょう』の存在を外すことはできない。大泉洋が鈴井貴之らと共に繰り広げた台本なしの泥臭い旅は、カルト的な人気を獲得し、地方局発のコンテンツとして異例の全国的ブームへと発展した。番組内で安田顕が演じたマスコットキャラクター「onちゃん」の愛嬌と狂気も、彼らの名を全国に知らしめる大きな起爆剤となった。
この爆発的なエネルギーを芸能界のメインストリームへと巧みに接続したのが、マネジメントの二重構造だ。地元北海道での活動と劇団の魂は、鈴井貴之が創業した「クリエイティブオフィスキュー」がしっかりとグリップ。一方で、全国規模の映画、ドラマ、CM展開においては大手芸能事務所「株式会社アミューズ」と業務提携を結んだ。このローカルのルーツを守りながら中央の巨大資本をフル活用する戦略が、メンバー5人の個性を損なうことなく、全国区のトップランナーへと押し上げる決定打となった。
大河ドラマから世界的配信へ——個々の飛躍がもたらした相乗効果
個人活動のスケールは、年を追うごとに劇的な広がりを見せている。大泉洋が三谷幸喜脚本の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で見せた源頼朝役の怪演は、記憶に新しい。冷酷非道な権力者の孤独と業を凄まじい説得力で演じきり、従来のコミカルなパブリックイメージを完全に塗り替えた。一方の安田顕も、硬軟自在の実力派バイプレイヤーとして映画賞を席巻し、戸次重幸、音尾琢真もまた、名だたる巨匠たちの作品に欠かせぬ存在として確固たる地位を築いている。
さらに近年、映像カルチャーの主戦場となった配信プラットフォームが、彼らの過去と現在を世界へと接続している。NetflixやU-NEXTといったサービスを通じて、かつてチケット入手困難を極めた彼らの傑作舞台がアーカイブ配信され、リアルタイムの公演を知らない若い世代や海外の視聴者をも魅了。個々が映像の世界でトップに君臨しながら、その名声が劇団へと還流する——この稀有な循環構造が、彼らを無敵の存在に仕立て上げている。
原点としての舞台演劇——日本のエンターテインメント産業における特異点
どれほど個人の知名度が上がろうとも、彼らが命を削るのは「舞台演劇」の場である。本公演となれば、全国の主要都市のみならず、数万人規模を動員するアリーナツアーを敢行し、映画館でのライブビューイングも含めれば10万人以上を熱狂させる。演劇の枠組みを軽々と破壊するこの動員力は、日本のエンターテインメント産業全体を見渡しても類例を見ない。
商業演劇の多くは、客演や豪華なキャストの組み合わせによって集客を図る。だがTEAM NACSは、脚本と演出の骨組みの上に立つのは原則として「あの5人」だけだ。大学時代と変わらぬ男たちが、汗と唾を飛ばしながらセリフをぶつけ合う。その剥き出しの身体性と劇場の一体感は、デジタル化が加速する現代だからこそ、圧倒的なプレミアム価値を持つ体験として観客の胸を打つ。
円熟味を増す5つの個性——ソロと集合を往還する未来図
大学の演劇研究会での出会いから30年という歳月のグラデーションを経て、5人はそれぞれに白髪を蓄え、人生の酸いも甘いも噛み分けた表現者となった。かつてのような「四六時中一緒にいること」への執着はない。互いの出演作を事細かにチェックし合うこともしない。それでも、数年に一度、舞台というリングに集まる瞬間、彼らは即座に20代の青年に戻る。
大泉洋という圧倒的な太陽を中心に、全く異なる軌道を描く4つの惑星。それぞれが自ら光を放つ恒星となり、再び交錯するとき、想像を超える磁場が発生する。日本のエンターテインメント界がどれほど移り変わろうとも、この5人が作り出す熱狂の砦は、これからも揺らぐことなくあり続けるはずだ。 (出典: 大泉 洋 グループ(Yahoo!ニュース))