関西ジャニーズJr.の黎明期から荒波を共に乗り越え、グループの精神的支柱として長年並び立ってきた渋谷すばると横山裕。2018年のグループ脱退・退所という大きな節目から歳月が流れた現在も、ふたりが紡いできた物語はファンの胸を熱く揺さぶり続けています。
関ジャニ∞からSUPER EIGHTへと屋号を進化させ、エンターテインメントの第一線を走り続ける横山裕と、自らの音楽表現を愚直に突き詰める孤高のシンガーソングライター・渋谷すばる。歩む道は違えど、互いの背中を見つめ合うふたりの関係性には、言葉以上の絆が存在します。伝説の脱退会見で流された涙の真意から、ファンの語り草となっている青春エピソード、そして気になる2026年現在の動向まで、その深層を徹底取材しました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 脱退会見の涙:2018年の会見で横山裕が言葉を詰まらせ流した涙は、20年以上に及ぶ苦楽を共有した戦友への惜別と、誰よりも才能を認めていたからこその切なさが理由だった。
- 三馬鹿の絆:村上信五を含めた3人は関西Jr.の礎を築いた運命共同体であり、横山と渋谷の不器用ながらも深いリスペクトは今もファンの伝説として生き続けている。
- 2026年現在の関係:SUPER EIGHTとして牽引する横山裕とソロで独自の音を鳴らす渋谷すばるは、頻繁に群れずとも水面下で敬意を交わし合う「一生モノの同志」である。
【脱退会見の真相】横山裕が流した涙の理由と渋谷すばるの決断
2018年4月15日、日本中に走った激震は今なお多くの人々の記憶に刻まれています。関ジャニ∞のメインボーカルとして圧倒的な存在感を放っていた渋谷すばるが、グループからの脱退および事務所退所を発表した緊急記者会見。怪我で無念の欠席となった安田章大を除くメンバー全員が登壇し、自らの言葉で胸中を明かした異例の場でした。
当時、誰よりも赤く目を腫らし、声を詰まらせていたのが横山裕でした。隣に座る渋谷を見つめながら、「今日という日が本当に来ないでほしいと思っていました」と絞り出した横山の頬を伝った大粒の涙。普段はバラエティ番組で見せる軽妙なトークやグループの頼れる兄貴分としての姿とは対照的に、溢れ出る感情を抑えきれずにいた姿は見る者の胸を締め付けました。
渋谷すばるが下した脱退の理由は、「35歳を迎え、残りの人生を音楽一本に捧げたい」「海外で音楽を学び、自分の表現力を磨きたい」という強い覚悟によるものでした。アイドルとしての地位も名声もすべて手放し、裸一貫で未知の世界へ飛び込むという極めて過酷な選択です。
横山裕が流した涙の背景には、単なる「メンバーが減る寂しさ」だけではない複雑な情念がありました。誰よりも渋谷の歌声に惚れ込み、その圧倒的な才能をグループの誇りとして愛してきた横山だからこそ、引き止めきれなかった悔しさと、友の不退転の決断に対するやるせなさが交錯していたのです。「すばるのいない関ジャニ∞を想像できなかった」という本音を吐露しつつも、最後には「すばるの決断を尊重したい」と言葉を振り絞った横山の姿は、ふたりの絆がビジネス上の同僚を超えた魂の結びつきであることを物語っていました。
「三馬鹿」が築いた青春時代|横山裕・渋谷すばる・村上信五の伝説
横山裕と渋谷すばるを語るうえで避けて通れないのが、村上信五を加えた3人の総称である「三馬鹿(さんばか)」という存在です。1990年代後半、ジャニーズJr.黄金期と呼ばれた時代、滝沢秀明を中心とする東京勢が華々しい脚光を浴びるなか、関西Jr.の扱いは極めて冷遇されていました。
仕事も新幹線代すら満足に与えられない逆境の中、先頭に立って泥水をすすりながら道を切り拓いたのがこの3人でした。合宿所での共同生活、夜通し語り合った夢、東京のJr.に対抗するために体を張った過酷なロケの数々。東京へ乗り込んでは悔し涙を流し、大阪行きの夜行バスに揺られながら「いつか絶対にてっぺん取ったる」と誓い合った日々の記憶は、彼らだけの不可侵の聖域です。
圧倒的なカリスマ性と歌唱力で関西Jr.の看板を背負った渋谷すばる。トークと機転で道を切り拓き、プロデュース能力を発揮し始めた横山裕。そしてふたりの個性をまとめ上げ、舵を取った村上信五。この3人の絶妙なトライアングルがあったからこそ、後の関ジャニ∞の結成と大ブレイクへと繋がっていきました。
村上信五を交えたエピソードの中でも有名なのが、極貧時代にひとつのカップラーメンを分け合って食べた話や、渋谷が悩んでいるときに横山と村上が黙って寄り添い続けたエピソードです。互いの弱さも狡さもすべてさらけ出し、泥臭い青春を共闘した「三馬鹿」の歴史は、ファンにとってもグループの精神的バックボーンとして永遠に語り継がれています。
ファンの涙腺を刺激する仲良しエピソード|不器用だからこそ尊いふたりの関係
渋谷すばると横山裕の距離感は、ベタベタと群れ合う仲良しグループのそれとは一線を画していました。どこか照れくささを抱えながらも、深い部分で完全に波長が合っている――そんな「思春期の男子校の親友」のような独特の空気感が、多くのファンを魅了してきました。
ふたりの関係性を象徴する数々のエピソードは、今でも色褪せることがありません。
かつて番組の企画で渋谷が「ヨコ(横山)は、俺が何をしても笑ってくれる」と語った通り、横山は常に渋谷の突拍子もないボケやセンスに誰よりも大きな口を開けて大笑いしていました。横山が楽しそうに笑う姿を見て、渋谷もまた満足そうに破顔する。その掛け合いは、計算された台本には決して描けない本物のケミストリーでした。
また、プライベートでも印象的な逸話が残されています。横山が舞台やドラマで過密スケジュールに追われ疲弊していた時期、渋谷がふらりと差し入れを持って現れ、余計な詮索は一切せずに「身体だけは気いつけや」とだけ言い残して去っていったというエピソードがあります。多くを語らずとも相手の限界を察知し、必要なタイミングで寄り添う。不器用なふたりだからこそ成立する、優しさに満ちた距離感でした。
ライブのMC中、横山が渋谷をいじり倒し、渋谷が「うるさいわ!」と照れ隠しにツッコミを入れる光景は、コンサートの風物詩であり、グループの平和の象徴でもありました。言葉に頼らずとも互いの呼吸を理解し合える相棒としての安心感が、そこには常に漂っていたのです。
【2026年最新】渋谷すばると横山裕の現在|連絡は取っているのか?
グループを離れ、異なる道を歩み始めてから年月が経過した2026年現在、ふたりの関係性はどうなっているのでしょうか。ファンの間で最も関心が高い「現在も連絡を取り合っているのか」という点について、近年の発言や周辺取材からその真相が見えてきます。
結論から言えば、ふたりは「日常的に頻繁に連絡を取り合うわけではないが、節目には確実に心を通わせている」という成熟した関係を維持しています。
脱退直後は、お互いの立場やファンの心情を配慮し、意図的に距離を置いていた時期もありました。しかし、渋谷がソロアーティストとしての基盤を確立し、グループも様々な荒波を越えて新たなフェーズへと進んだことで、その緊張感は自然なリスペクトへと昇華されています。
関係者の証言によると、誕生日などの節目に短いメッセージを送り合うことがあるほか、共通の知人を介して互いの活躍を気にかけているといいます。渋谷がソロとして全国ツアーを成功させたり、横山が話題作の舞台やドラマで熱演を見せたりするたびに、遠く離れた場所からその活動を静かに見守っているのです。
「ベッタリ連絡を取り合うことだけが友情ではない」というのは、若い頃から幾多の修羅場を共にしてきたふたりならではの境地と言えます。直接会う機会が限られていても、流れてきた年月の重みと信頼関係は、いささかも揺らいでいません。
SUPER EIGHT改名とそれぞれの歩み|別々の道を照らし合う同志の矜持
近年の大きな転換点となったのが、グループの「SUPER EIGHT」への改名でした。グループ名を変更するという未曾有の事態に直面しながらも、横山裕は最年長としてグループの先頭に立ち、ファンを鼓舞し続けました。俳優業での円熟味を増す一方で、後輩グループのプロデュースにも情熱を注ぎ、エンターテインメントの可能性を広げ続けています。
一方の渋谷すばるもまた、自らの信念を曲げることなく音楽シーンを突き進んできました。自身のレーベルを立ち上げ、作詞作曲からライブの演出まで全精力を傾注。泥臭くも力強いロックサウンドと魂を削るような歌声は、フェスやライブハウスの現場で多くの音楽ファンを唸らせ、唯一無二のソロアーティストとしての地位を揺るぎないものにしています。
表現の場は「スタジアムを沸かせる国民的アイドルグループ」と「魂をダイレクトにぶつけるソロシンガー」へと分かれました。しかし、根底に流れているスピリットは驚くほど共通しています。それは、関西Jr.のどん底時代に培った「反骨心」と「目の前の観客を絶対に熱狂させるという覚悟」です。
横山裕がテレビの向こう側で全力の笑顔を届け、渋谷すばるがステージ上でマイクを握りしめてシャウトする。形は違えど、互いがそれぞれのフィールドで妥協なき戦いを続けていること自体が、最高のエールとなっています。かつて背中を預け合った仲間が今も第一線で輝き続けているという事実が、ふたりの誇りとなっていることは間違いありません。
【渋谷すばる・横山裕】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:脱退後、横山裕と渋谷すばるが公の場で共演したことはありますか?
A1:2018年の脱退以降、テレビ番組や音楽特番など公のメディアでふたりが直接共演した事実は2026年現在もありません。しかし、インタビューやラジオなどで間接的にお互いの存在や過去の思い出について温かい言葉で触れる機会はあり、関係が断絶しているわけではありません。
Q2:脱退会見で横山裕以外のメンバーはどのような反応でしたか?
A2:村上信五は終始気丈に振る舞いながらも苦渋の決断を受け止め、錦戸亮や大倉忠義、丸山隆平もそれぞれの言葉で複雑な心境と渋谷への敬意を語りました。怪我で休養中だった安田章大も直筆の手紙でメッセージを寄せ、グループ全員が渋谷の決断に敬意を払い送り出すという前代未聞の会見となりました。
Q3:渋谷すばるが関ジャニ∞を辞めた「本当の理由」は何だったのですか?
A3:一部で不仲説などの憶測も飛び交いましたが、実際の主因は「自分の音楽性を追求したい」という純粋な表現者としての渇望でした。アイドルとしての活動に限界を感じたのではなく、30代半ばを迎え、残りの人生をすべて自分の音楽表現と海外での挑戦に懸けたいという強い意思による円満な独立でした。
まとめ:道は分かれても色褪せないふたりの絆とこれからの未来
少年時代に出会い、青春のすべてを分かち合い、大人になって別々の道を選んだ渋谷すばると横山裕。ふたりが歩んできた軌跡は、単なる芸能界のビジネスパートナーという枠組を遥かに超えた、人生の戦友の物語そのものです。
脱退会見で見せた横山の涙は、ふたりが積み重ねてきた濃密な年月の証であり、最大の愛情表現でした。そして今、SUPER EIGHTの横山裕として、孤高のシンガー・渋谷すばるとして、それぞれが己の道を堂々と歩み続けています。
ファンがふたりの絆に今も惹きつけられるのは、別れを選びながらも互いへの敬意を失わず、それぞれの場所で誇り高く生きている姿が美しいからに他なりません。並び立つ日は来なくとも、ふたつの道は確かに同じ空の下で繋がっています。これからもそれぞれのフィールドで放たれるふたりの熱い表現から、決して目が離せません。 (出典: 渋谷 すばる 横山 裕(Yahoo!ニュース))