片桐 はいり 若い 頃の姿を振り返ると、今なおスクリーンを圧倒するあの強烈な存在感が、いかにして研ぎ澄まされてきたのかが克明に見えてくる。一度見たら脳裏に焼きついて離れない独特の面立ち、そして舞台演劇の板の上で鍛え上げられた緩急自在の間合い。彼女が放つ唯一無二のオーラは、決して偶然の産物ではない。計算し尽くされた身体表現と、純度の高い映画愛が長い年月をかけて結晶化したものだ。
銀幕やテレビドラマのバイプレイヤーとして日本映画界に欠かせない重鎮となった現在、SNSやカルチャー誌の特集を契機に、片桐 はいり 若い 頃の貴重なスチールや破天荒な逸話が掘り起こされ、世代を超えた知的な好奇心を刺激している。彼女の原点を探ると、そこには映画館の暗闇に対する偏愛と、愚直なまでに泥臭い表現への執念が息づいていた。
伝説の「銀座文化劇場」もぎり時代と劇団初期の貴重なエピソード
片桐はいりを語る上で、絶対に避けて通れない聖地がある。かつて銀座の並木通りに存在した名画座「銀座文化劇場」だ。成蹊大学在学中の18歳から実に7年間、彼女はこの劇場の改札口に立ち、観客の映画チケットをもぎり続けていた。時給目当ての単なるアルバイトではない。「映画館に居続けられるならどんな仕事でもよかった」という純粋な狂気が、彼女をもぎり台へ駆り立てていた。
一日中、暗闇から漏れ出る名作映画の音声と光の明滅を肌で感じ、観客たちの表情を観察し続けた7年間。この濃厚な時間が、観察眼と表現の解像度を異常なまでに引き上げた。後に彼女自身がエッセイで綴ったように、スクリーンの光に照らされる人々の横顔こそが、彼女にとって最初の「演技の教科書」だったのだ。現在でも単館系映画館への支援やトークイベントに頻繁に登壇する彼女のスタンスは、まさにこの銀座の記憶から脈々と地続きになっている。
『劇団ブリキの自発団』で見せた異端の輝きと舞台演劇の洗礼
映画の暗闇に浸る一方で、肉体を酷使する表現の熱源となったのが小劇場ブームだった。1980年代前半、片桐はいりは生田萬と銀粉蝶が結成した伝説的劇団「劇団ブリキの自発団」の門を叩く。当時のアングラ小劇場界隈は、言葉の強度と肉体の爆発的なエネルギーがぶつかり合う混沌のるつぼ。そのただ中に、あの長身と独特の顎のライン、鋭い眼光を持つ若い片桐が飛び込んだのだ。
舞台上での彼女は、端役であっても圧倒的な異物感を放った。主役を食ってしまうほどの怪演は演劇関係者の間で瞬く間に噂となり、「得体の知れない面白い新人がいる」と評判を呼ぶ。言葉を発さずとも、ただ舞台の端に立っているだけで空間の空気を歪めてしまう力。この劇団時代に叩き込まれた身体論と、観客の視線を手玉に取る技術が、後の映像表現における強靭な基礎体力となったことは疑いようがない。
『波の数だけ抱きしめて』から広がった映像世界とコメディの才能
舞台演劇で頭角を現した彼女は、やがて映像の世界へと本格的に進出する。1980年代半ばからCMやテレビドラマに単発で出演し始めると、お茶の間はその異様な存在感に釘付けとなった。とくに有名なのが、1991年公開のホイチョイ・プロダクションズ製作による映画『波の数だけ抱きしめて』だ。バブル期の爽快なサーフカルチャーを描く青春群像劇の中で、片桐が放ったアクセントは強烈だった。
ただ笑わせるだけのドタバタではない。どこか哀愁を漂わせ、登場人物のリアルな人間臭さをあぶり出す。彼女が体現するコメディは、常に人間の滑稽さと愛おしさが表裏一体になっていた。美男美女がスクリーンを埋め尽くしていた当時の日本映画界において、彼女の存在は批評家たちからも「稀代のシチュエーション・コメディエンヌ」として高く評価されることとなる。
荻上直子監督『かもめ食堂』が決定づけた唯一無二の立ち位置
2000年代に入り、片桐はいりのキャリアは決定的な転換期を迎える。2006年公開の映画『かもめ食堂』だ。荻上直子監督が描いたフィンランド・ヘルシンキの静かな空気感の中で、小林聡美、もたいまさこと共にメインキャストとして招かれた片桐は、「ミドリ」という名の不条理で愛らしい女性を完璧に演じきった。
世界地図を指差し、目をつぶって指が止まった場所がフィンランドだったからやってきたという突拍子もない設定。それを一片の嘘偽りもなく、血の通ったリアリティとして観客に納得させてしまうのが片桐の真骨頂だった。『ガッチャマンの歌』の歌詞を真顔で書き殴るシーンの絶妙なペーソスとユーモアは、日本映画史に残る名場面として語り継がれている。この作品によって、彼女はただの奇抜な個性派を超え、作品の文学的な深みを担保できる一流の女優へと昇華した。
『あまちゃん』から配信時代へ:NHKオンデマンドやNetflixで再検証される真価
その後も勢いは止まらない。2013年のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』で見せた「あんべちゃん」こと安部小百合役は、彼女の国民的人気を決定づけた。「まめぶ汁」を広めるために奮闘する姿は、朝のお茶の間を大いに沸かせ、今なおNHKオンデマンドの再生回数上位に残り続ける要因となっている。
近年では、Netflixなどのグローバル配信プラットフォームを通じて『かもめ食堂』をはじめとする過去の名作が世界中で視聴可能になった。海外の映画ファンからも、無表情の奥にある豊かな感情表現や、特異なシルエットが「Tilda Swinton(ティルダ・スウィントン)を彷彿とさせるアヴァンギャルドな魅力」と称賛を集めている。若い頃の奇抜なアングラ性は、デジタルアーカイブの時代において、時代遅れになるどころか、むしろ先進的なアート表現として再発見されているのだ。
スターダストプロモーション所属の異色女優が貫く「変わらない美学」
多くのトップアイドルや華やかな主役級スターが名を連ねる大手芸能事務所「スターダストプロモーション」。そのラインナップの中で、片桐はいりの存在感はひときわ異彩を放ち続けている。事務所の枠に決して収まりきらない奔放さと職人肌のストイックさを併せ持つ彼女は、商業的なトレンドに左右されることがない。
華美に着飾ることもなく、世間の流行に媚びることもない。若い頃から現在に至るまで、トレードマークである黒髪のおかっぱ頭と実直な語り口を崩さず、市井の人々の営みに目を向け続ける。もぎり台の小窓から人間を見つめ続けていたあの少女の眼差しは、どれほど地位を築こうとも変わっていない。片桐はいりの若い頃の足跡を辿ることは、表現者が自らの個性を信じ抜き、いかにしてそれを社会の中で唯一無二の価値へと変えていくかという、ひとつの美しい軌跡を辿る旅に他ならない。 (出典: 片桐 はいり 若い 頃(Yahoo!ニュース))